インタビュー

20歳の時に旅したインドで食べた料理が原点に


インド家庭料理の店 マンジャル 

児島 由幸(こじま よしゆき)さん

2023年8月18日(金)

高松駅から歩いて5分程の所にあるインド家庭料理の店「マンジャル」さん。香川県内にあるインド料理屋さんでは定番のナンとカレーという組み合わせではなく、ご飯とおかずのセット料理で、とても優しい家庭的な味が特徴的なお店です。そんなお店を営むオーナーの児島さんに話を聞いてみました。

Q:インド料理屋さんを始めたきっかけについて教えてもらってもいいですか?
20歳の時に大学を休学して3ヵ月くらいインドに旅したんです。その時の経験が今、こうしてインド料理屋をすることに繋がっていますね。


Q:なんと、インドへの旅が影響しているんですか?
インドでの経験が自分にとって、すごく衝撃的だったんですよ。


Q:衝撃的と言うのは?
具体的にというのは表現が難しいのですが、ほんと、全てのものが日本と全く違っていました!そもそもなんでインドに行ったかというと、中学・高校・大学・就職という風に流れがあって、自分の中ではこのままその流れに乗っていくべきなのかな・・という疑問があったんです。そういう疑問もあって、昔からインドに興味があったので行ってみたんです。インドに行く前までは、決まった流れに乗らなければ・・と思っていたんですが、インドにいる内に、自分らしく生きてもいいんやな・・と思えたんです。それに気づかされる旅で、自分の中では大きな出来事になってました。

 

Q:20歳というと、大学生の頃ですか?
そうなんです。そして、21歳の時にもまたインドに旅したんです。大学を辞めようと思ったこともありました。そのころは親戚に料理屋をしている人がいたので、自分も就職ではなくて料理の道に進もうかなという想いもあったんです。でも、結局は、自分が進みたい道というよりは安定の方を選んだ感じですかね。勉強して市役所に入ったので。


マンジャルのカウンター席にはインド関連の本も並べられてます♪

Q:でも、どうして退職という方向に?
市役所の仕事は3年に1回のタイミングで部署が代わるんです。やりがいがある仕事がある時もあったんですが、3年毎に新たな仕事をゼロから始めるというのが続いたんですよ。10年以上、それを経験してこのまま働き続けても自分が思うようなプロフェッショナルな仕事に就き進めないんじゃないかな・・と思ったんです。また、ちょうど、その頃、体調を崩した時があったんです。その時、食事を変えてみて、オーガニックのものを食べたりしてみたんです。すると体調がよくなって、食事って当たり前のように取っていたけど実は大事なんだな・・ということに気づかされたんです。当たり前のように食べていた食事だけど、農家の人たちが苦労して作ってくれていたんだなあということにも気づかされて、食に関わるような仕事をしたいと思ったんです。


そして、その時、インド料理が頭に浮かんだんですよ。インドに行った時には料理が目的ではなかったんですが、料理にも衝撃を感じてて・・。インドに行く前にはインド料理はカレーのイメージだったんですけど、実際に行って向こうの屋台とかで食べてみると日本のカレーなんかとは全然違ってたので。日本にあるカレーには無いような魚のカレーとかゆで卵が入ったものとかもあって、味も全く違っていていたんです。それもあって、インド料理が頭に浮かんだんです。


あと、日本で本場のインド料理だと思えるような味に出会えたことが無かったというのもありますね。実際にインドに行ってみると日本で食べたインド料理と全く違っていたので、釈然としない部分もあったんですよ。自分が食べたインドでの本場の味を伝えるような仕事をしたいと思うようになったんです。


Q:どのように違ってたんですか?
インドの南部の方では魚のカレーみたいなのが多くて、酸味があったりとか、汁っぽかったりとか、カレーという範疇には収まらないような食べ物だったんです。カレー以外にも揚げ物とかご飯物も色々あって、自分が知ったインド料理を伝えたいと思いましたね。

 


インドで食べた味を再現して作った魚料理を含むランチセット

Q:なるほど!それで、インド料理屋を始めることにしたんですね?具体的には、どのような行動を取ったのですか?
すごくおかしいかもしれないけど、インドに行ったらなんとかなると思ったんです。仕事を辞めて、2020年2月にインドに行ったんです。ちょうどコロナが始まる前だったのでぎりぎりインドに入れたんですよ。でも、事前に準備をするでもなく、あんまり分からないまま行ったので、インド料理の中に何が入っているのか分からなくて・・。振り返ると、それを紐解いていった3年間でしたね。


実は飲食店もしたことがなかったんですよ。学生時代にバイトをしたことがあるくらいで。どんな感じで仕入れをして、仕込みもどうやってするのかとか、店内の動線をどう取ればいいのかも分からなかったですね・・・。

でも、このお店を開く前に、ソローやヨムスという古本屋さんを販売させてもらったり、スパイスショップのアピマートでお弁当を販売させてもらってたんです。あとは、多国籍料理店のヤンフーさんで間借りさせてもらったり、問屋さんが物件を紹介してくれたりして今に至っています。


Q:実際にお店を開いてみてどうでしたか?
1人でお店をまわせるようになるまで大変でした。最近やっと慣れてきて、こんなこともしたいな・・と思えるようになってきたし、徐々に自分がしたいことを広げていったらいいかなあと思うようになりましたね。


お店の入り口に置いてあるオレンジ色の自転車と看板が目印に!

Q:このお店の一押しの料理は何ですか?
ミーコロンブというタミール州の料理だと思うんですが、それは食べて欲しい料理ですね。海の魚を使うんですけど、20歳の時にインドをふらふらしていた時にたまたま知り合った人の家に2週間くらい泊まらせてもらったことがあって、その時によく出ていた料理なんですよ。なので、3年程前にインドに行った時も、その料理を学びたかったという想いはありますね。


Q:インド文化で伝えたいものって何かありますか?
インドと言っても広くて、いろんな民族がいて、言葉も文化も違うので、いろんな部分を知って欲しいというのがありますね。日本人って、答えを一つに絞りがちな部分があると思うんですが、答えは一つじゃないし、いろんなパターンが存在するんですよね。なので、答えが一つのようなお店にはしたくないかな・・と思います。

 

Q:どんなお店にしたいですか?
インドにある日常のものを学んで、日本でそれを伝えるというのが一番ですね。あとは、このお店で料理だけではなくてインドの文化を発信するイベントとか音楽のイベントとかできたらいいなあと思っています。インド映画を熱心に見られているお客様もいらっしゃるし、映画の上映会というのも面白いかもしれないですね。香川にも少ないけどインド人も暮らしているので、ここにいるインド人も巻き込んでイベントができたらいいなあとも思います。一人でやっているので進捗は遅いですが、少しずつやっていけたらいいなあと思います。


Q:最後に、児島さんにとって仕事って何ですか?
じいちゃんが35歳で亡くなったんですよ。母が2歳の時に。シベリアから帰ってきたけど、35歳という若さで。その話を母から聞いて、人はいつか死ぬんだな・・と思ったんです。だったら、死ぬ前にやりたいことをやろうと思ったんですよ。自分自身が35歳になった時に、じいちゃんのことをすごく意識して、これからは好き勝手生きていきたいと思ったのは、この仕事に進んだことの根っこにはありますね。振り返ってみると、20歳の時の経験が核となっているように思います。20歳の時にインドに旅した経験が自分のアイデンティティに繋がっています。仕事を通して、そこ(インド)との繋がりを大事にしたいし、儲けというよりは家族が暮らしていけたらいいと思っています。


店内は広く、テーブル席は入ってすぐのお部屋の奥にも!